ある種の書物は、世に出たその瞬間から人々を二つに引き裂く。格庵遺録(かくあんいろく)は、まさにそうした一冊だ。ある人々にとって、この書は朝鮮の一人の予言者が400年余り前に国の運命と終わりの日をあらかじめ記した、驚くべき予言書である。また別の人々にとって、この書は20世紀に誰かが昔の人物の名を借りて作り上げた偽作にすぎない。奇妙なのは、この「古い」はずの書物が実際に世に姿を現したのが、それほど昔のことではないという点だ。格庵遺録の写本は1977年、一人の人物が国立中央図書館に寄贈したことで初めて知られるようになった。著者とされる南師古が世を去ってから、400年以上が過ぎた後のことである。朝鮮の紙に記されたというその文章には、当の朝鮮には存在しなかった言葉が混ざっていた。これは時を越えてきた予言なのか、それとも私たちの時代に生まれた偽作なのか。今日は、その一束の紙をめぐる物語である。

暗い韓屋の書斎、蝋燭のそばに半ば広げられた古い韓紙の巻物、筆跡はにじんで判読不能(AI生成画像)
暗い韓屋の書斎、蝋燭のそばに半ば広げられた古い韓紙の巻物、筆跡はにじんで判読不能(AI生成画像)

南師古という名

まずは、この書の著者とされる人物から見ていこう。南師古(ナム・サゴ)は、朝鮮の明宗の治世、16世紀を生きた実在の人物である。おおよそ1509年に生まれ、1571年に世を去ったと伝えられる。彼は学者であり、風水師であり、天文と易学に通じた人物として名を知られ、幼い頃に神霊なる者と出会い、秘訣を授かったという説話が、その名につきまとった。朝鮮の人々にとって南師古は、先のことを見通す力を持った伝説的な予言者として記憶されていた。彼が遺したと伝わる短い予言の断片、いわゆる「南師古秘訣」のかけらは、古くから民間に流れていた。

問題は、ここから分かれる。南師古という人物が実在し、その名を冠した秘訣の断片が伝わってきたのは事実だ。しかし、いま私たちが「格庵遺録」と呼ぶ、60章に及ぶ分厚い予言書一冊が、本当に彼の手から生まれたものなのかは、まったく別の問題である。名は古くとも、書は古くないかもしれない。そして、まさにその隙間に、400年にわたる疑問が育っていった。

古い硯と使い込まれた筆、乾いた墨、そのそばににじんだ筆跡の黄ばんだ韓紙(AI生成画像)
古い硯と使い込まれた筆、乾いた墨、そのそばににじんだ筆跡の黄ばんだ韓紙(AI生成画像)

1977年、図書館に現れた写本

格庵遺録が世に知られた経緯は、それ自体が奇妙である。朝鮮の予言書であるなら、当然、古い原本がどこかに伝わっていてしかるべきだ。ところが、この書はそうではなかった。いま私たちが知る格庵遺録は、1977年、李桃隠(イ・ドウン、本名・李用世)という人物が「秘記として伝わってきたものを自分が書き写した」として国立中央図書館に寄贈した写本に由来する。李用世は1907年に生まれ、1998年に世を去った、20世紀の人物である。言い換えれば、400年余り前の予言者が書いたという書が実際に文書の形で世に出たのは20世紀後半であり、その紙は著者とされる南師古の手ではなく、20世紀を生きた一人の人物の手を経たものだった。

そして、この写本が大衆に本格的に読まれ始めたのは、さらに後のことだ。1987年、申裕承(シン・ユスン)が三巻からなる韓国語訳を初めて刊行し、そこでようやく格庵遺録の内容は広まり始めた。朝鮮の予言書を標榜する書が、その内容を韓国語に移されて人々の手に渡ったのは、1980年代後半だったのである。原本と呼べる南師古の直筆本は、ついに現れなかった。ただ、遅れて現れた写本だけが、この書が存在するという唯一の証拠として残った。

暗い韓屋の部屋、蝋燭の下の低い机に筆を持ち、背を向けて座る儒者のシルエット、顔は見えない(AI生成画像)
暗い韓屋の部屋、蝋燭の下の低い机に筆を持ち、背を向けて座る儒者のシルエット、顔は見えない(AI生成画像)
暗い書斎で蝋燭の下、古い巻物の上をゆっくりと辿る映像 — 実際の記録ではなく雰囲気の再現である

紙の上の時間が食い違うとき

偽作論争の核心に、まっすぐ入っていこう。ある文書が本当にその時代に書かれたかどうかを見極める、最も確かな手がかりの一つは、じつに単純なもの――「言葉」である。人は、自分の時代に存在しない言葉を使うことはできない。16世紀の朝鮮の儒者に、20世紀になってようやく作られる言葉を知るすべはない。ところが格庵遺録の本文には、南師古が生きた時代には存在しなかった近代の言葉が混ざっている、というのが学者たちの長年の指摘だ。

代表的に挙げられるのが、「哲学」「共産」「原子」といった言葉である。これらは朝鮮中期の語彙ではない。その多くは近代に入って、しかも日本で西洋の概念を漢字に移す際に作られた、いわゆる「近代漢語」である。予言者がどれほど先を見通そうと、400年後にようやく生まれる言葉をあらかじめ文章の中に書き込むことは、予言の領域ではなく、時代錯誤(アナクロニズム)の領域だ。これに加えて、本文の随所に日本式の漢字表現が見られる点も併せて指摘される。朝鮮中期の文献と呼ぶには、紙の上を流れる時間の目が合っていない、というわけである。

霧に包まれた明け方の古い朝鮮の山並み、幾重もの尾根がかすんで消え、松の間に藁葺きの屋根が一つ(AI生成画像)
霧に包まれた明け方の古い朝鮮の山並み、幾重もの尾根がかすんで消え、松の間に藁葺きの屋根が一つ(AI生成画像)

聖書の影

時代が食い違っているのは、言葉だけではなかった。学者たちがさらに重く見るのは、格庵遺録の内容の中に、キリスト教の聖書の痕跡がはっきりと見える点である。終わりの日と救い、選ばれた群れと新しい世界についての記述の一部は、聖書の終末論に驚くほど似ている、というのだ。

問題は、やはり時間である。朝鮮に聖書の内容が本格的に伝わったのは、おおよそ19世紀に入ってからだった。南師古が世を去ったのは16世紀、すなわち1571年ごろである。つまり、聖書が朝鮮の地に知られるまでには、南師古の死後、さらに200年をはるかに超える歳月が必要だった。とすれば、16世紀の南師古が聖書の終末論を文章の中に溶け込ませたというのは、論理として成り立たせるのが難しい。聖書の影の差した予言書であるなら、その予言書は聖書がこの地に入ってきた後に書かれたと見るほうが、はるかに自然である。こうした理由が重なり、今日の韓国の歴史学界では、格庵遺録を南師古の名を借りた偽書と見る見解が支配的だ。真剣に検討する価値のない後世の創作である、というのが多数説である。

古い木箱、漆がひび割れ蓋が半ば開いたまま埃の積もった棚の上、内側に巻かれた紙の端がかすかに(AI生成画像)
古い木箱、漆がひび割れ蓋が半ば開いたまま埃の積もった棚の上、内側に巻かれた紙の端がかすかに(AI生成画像)

それでも予言を信じる人々

では、話はここで終わるのか。そうではない。学界の定説が偽作の側に傾いているにもかかわらず、格庵遺録を本物の予言書と信じる人々は、今日でも少なくない。彼らが掲げる論理は、おおむねこうだ。格庵遺録には易学と風水、天文の原理が深く溶け込んでおり、その中に収められた数々の一節が、後に実際に起きた歴史的事件と符合する、というのである。あいまいで象徴的な表現を特定の事件に当てはめて読めば、まるで未来を正確に見通したかのような印象を受ける。

だが、ここには、予言を読む者なら常に警戒すべき落とし穴がある。予言の文章があいまいであればあるほど、それをすでに起きた事件に当てはめることは、かえってたやすくなる。事件が先に起きた後で「そういえば、この一節はまさにあの出来事だった」と解釈するのは、未来を当てたのではなく、過去を振り返って意味を与える作業に近い。だから、ある一節がある事件と符合して見えるという事実だけで、予言の的中を断定することはできない。格庵遺録が実際に未来を予言したと確定する根拠はなく、その「的中」の大半は、事後の解釈が生み出したものである可能性が高い。これが、今日この書に向けられる冷静なまなざしである。

古い韓紙のマクロ — 繊維の目が一面に広がり、にじんだ黒い筆の跡としみ、一角は焼けたり破れたり、判読不能(AI生成画像)
古い韓紙のマクロ — 繊維の目が一面に広がり、にじんだ黒い筆の跡としみ、一角は焼けたり破れたり、判読不能(AI生成画像)

予言書の座、そして残る問い

格庵遺録を理解するには、その背景に置かれた長い伝統を見なければならない。朝鮮には、国の興亡と民の運命を占う図讖書(としんしょ)の流れが、脈々と続いていた。鄭鑑録(ていかんろく)と松下秘訣、そして格庵遺録は、しばしば朝鮮の三大予言書として並び称される。風水思想と図讖信仰が絡み合ったこれらの書は、乱世のたびに人々の不安と希望を吸い込みながら力を得た。世が乱れるほど、先のことをあらかじめ記したという書は、より大きな慰めであり、武器となった。格庵遺録もまた、その長い系譜の上に立っている。ただし、鄭鑑録が朝鮮中期以降、実際に民間へ広く広まったのとは異なり、格庵遺録は20世紀後半になってようやく、写本の形で忽然と現れた、という点が決定的に違う。

とすれば、残る絵柄はこうだ。実在した朝鮮の予言者・南師古、その名を冠した分厚い予言書一冊、そして、その書が400年余りの沈黙を破って1977年にようやく写本として世に現れたという事実。紙の上には、朝鮮になかった言葉と、南師古の死後200年を経てようやくこの地に入ってきた聖書の影とが、ともに載っていた。これらすべての状況が指し示す先を、学界は偽書と呼ぶ。それでも、ある人々は今なお、その紙の上に未来の地図を読み取ろうとする。400年を越えてきた予言なのか、私たちの時代に生まれた偽作なのか。一つだけ確かなのは、この問いをめぐる信と疑いこそが、どんな予言よりも長く生き延びてきた、という事実である。

蝋燭のそばに半ば広げられた古い巻物、闇に沈んだ書斎、判読できない筆跡(AI生成画像)
蝋燭のそばに半ば広げられた古い巻物、闇に沈んだ書斎、判読できない筆跡(AI生成画像)